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大阪高等裁判所 平成10年(ネ)1144号 判決

控訴人

新田光子

右訴訟代理人弁護士

熊野勝之

被控訴人

壽工業株式会社

右代表者代表取締役

増田弘幸

被控訴人

株式会社デ・リードエステート

右代表者代表取締役

神農雅嗣

右両名訴訟代理人弁護士

有馬賢一

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人壽工業株式会社は、控訴人に対し、五五八万四五〇三円、及びこのうち四六〇万円に対する平成七年七月二五日から支払済みまで年六分の割合による金員を、残り九八万四五〇三円に対する同日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被控訴人株式会社デ・リードエステートは、控訴人に対し、五五八万四五〇三円、及びこれに対する平成七年七月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  控訴人の被控訴人らに対するその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、第一、二審を通じて、これを三分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人らの連帯負担とする。

六  この判決は、第二、三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び争点

第一 控訴の趣旨

一 主位的請求

1 原判決を取り消す。

2 被控訴人壽工業株式会社(以下「被控訴人壽工業」という。)及び同株式会社デ・リードエステート(以下「被控訴人デ・リード」という。)は、控訴人に対し、各自四六〇万円及びこれに対する平成七年七月二五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

3 被控訴人壽工業は、控訴人に対し、九一二万円及びこれに対する平成七年七月二五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

4 被控訴人デ・リードは、控訴人に対し、二三四万七二八〇円及びこれに対する平成七年七月二五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

5 被控訴人デ・リードは、控訴人に対し、平成八年二月一日から前2、4項の支払済みまで一か月一四万三二五〇円の割合による金員を支払え。

6 仮執行宣言

二 二次的請求

1 被控訴人らは、連帯して、控訴人に対し、一〇二〇万円及びうち金九二〇万円に対する平成六年一〇月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 仮執行宣言

三 三次的請求

1 被控訴人らは、連帯して、控訴人に対し、七九四万七二八〇円及びうち金六九四万七二八〇円に対する平成六年一〇月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 仮執行宣言

第二 事案の概要と争点

一 事案の概要と争点は、二に当審における主張を付加するほか、原判決「第二事案の概要」のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決五頁六行目「4」の次に、「本件マンションの西側に二条城が存する。」を加える。

二 控訴人の当審における主張

1 被控訴人らに債務不履行が認められないにしても、少なくとも「契約は締結されたが、原始的不能により無効の場合」であるか「契約は有効に成立したが、当事者の期待に反する内容であった場合」のいずれかにかかるものであり、被控訴人らは控訴人との間で契約締結の準備段階に入った者として、信義則上の義務を負うと解すべきである。

被控訴人デ・リードは、そのパンフレット等において、二条城が見えるとその眺望と静寂性を宣伝した文言を用いているが、実際は、控訴人が書斎として使用しようとしていた部屋の西方には隣接するビルのクーリングタワーが存在し、その眺望が妨げられているのみならず、相当の機械の発する騒音及び水の飛沫を生じていたので、控訴人は、本件売買契約を解除せざるを得なかった。

被控訴人デ・リードには未完成のマンションを販売するに際して信義則上このような事態が起こらないように、説明する義務があったのにその義務に違反して控訴人に説明責任を果たさず、控訴人に次の損害を与えたのであるから、その損害を賠償すべき義務がある。

被控訴人壽工業は、被控訴人デ・リードを販売代理人として販売事業を行ったものであり、被控訴人デ・リードが控訴人に与えた損害につき民法七一五条、七一九条に基き損害賠償責任を負う。

2 二次的請求における損害賠償

(一) 手付金 四六〇万円

(二) 不動産取引における信頼利益 四六〇万円

一般に手付金が買主から売主に交付された場合には契約を解除できる旨の約定がある場合には、手付金と同額の賠償をするものとの慣行が存在し、右賠償額の証明がなくても信頼利益の賠償を負う。

(三) 弁護士費用 一〇〇万円

被控訴人デ・リードは、控訴人の手付金返還等の請求に対してこれに応ぜず、告知義務違反を棚に上げ、控訴人に対し契約書に基く違約金を支払うか残代金を支払うかを強く迫ったものであり、控訴人はやむを得ず弁護士に本訴提起を依頼せざるを得なかった。被控訴人らの行為と因果関係のある弁護士費用の額は一〇〇万円を下らない。

3 三次的請求

仮に2(二)の信頼利益が認められないとすると、

(一) 新旧マンションの賃料の平成七年八月から平成八年二月までの差額 一〇〇万二七五〇円

控訴人は、本件売買契約を締結したことにより、今まで借受けていた借家を出る約定をしていたところ、本件紛争を生じたため、本件居室には転居できなくなって、現在の借家を借受けて居住を続けているが、その差額賃料のうち平成七年八月から平成八年二月までの賃料差額は、少なくとも、被控訴人らの信義則上の注意義務違反の行為により生じた損害である。

(二) 新規契約に伴う礼金等

一二九万五七三六円

(1) 敷金 六五万円

(2) 礼金 四九万円

(3) 仲介料 一五万五七三六円

(三) ローン利息四万八七六七円

(四) 慰籍料一六五万二七五〇円

仮に3(一)の賃料の差額請求、(二)(1)の敷金請求が認められない場合、控訴人が被控訴人らの行為により受けた精神的損害を慰籍する額としては、右金員同額を下らない。

理由

一  次のとおり付加、訂正したうえ、原判決一〇頁一〇行目から一六頁四行目までを引用する。

1  原判決一一頁五行目「伝え」の次に「て、細かく説明を求め」を、同頁六行目末尾の次に「なお、当時、本件マンションは建築中であり、工事現場は、既にシートで覆われていた。」を、同頁七行目「本件マンションは」の次に「七階建で六階には四戸、七階には三戸が存し」を、同行目「本件居室は」の次に「六階の西端に存していて」を各加える。

2  原判決一二頁一行目末尾に「このことは七種が示した被控訴人ら作成の間取図でも、完成した本件マンションにおいても同様であった。」と、同三行目の「でき、」及び同五行目の「あり、」の次にいずれも「被控訴人らが作成し、控訴人に交付した」を各加える。

3  原判決一三頁一行目「る」を「り、契約書添附の図面(甲二)では本件マンションは七階建で六階に四戸、七階には三戸が存することになっていた。」と改める。

4  原判決一四頁四行目「を望むことはでき」の次に「また、北側洋室5.8畳のバルコニーから二条城の緑を眺望することができ」を加え、同頁五行目「あるため」を「あり、圧迫感があるほかその視野の中心部を占め」と改める。

5  原判決一五頁四行目末尾に改行のうえ、「これに対して、被控訴人デ・リードは、八月一日付け内容証明郵便で、被控訴人らに債務不履行はなく、控訴人からの解除は無効であるとして、損害賠償を拒否し、四日以内に残代金四一〇〇万円の支払を求め、また、その支払がない場合には、契約書一六条二項三号の違約金に充当し、違約金九二〇万円の支払を求めた。」を加入する。

6  原判決一六頁四行目の末尾の次に「なお、本件居室は、平成七年八月七日、遠藤一郎に売却された。」を加える。

二1 未だ完成前のマンションの販売においては、購入希望者は現物を見ることができないから、売主は購入希望者に対し、その売買予定物の状況について、その実物を見聞できたのと同程度にまで説明する義務があるというべきである。

そして、売主が説明したところが、その後に完成したマンションの状況と一致せず、かつそのような状況があったとすれば、買主において契約を締結しなかったと認められる場合には、買主はマンションの売買契約を解除することもでき、この場合には売主において、買主が契約が有効であると信頼したことによる損害の賠償をすべき義務があると解すべきである。

2  これを本件についてみるに、被控訴人ら作成のパンフレット等では、本件マンションの本件居室からは二条城の眺望・景観が広がると説明し、本件居室の西側には窓があるとされており、二条城は、本件マンションの西側に存するのであるから、西側窓からも二条城の景観が広がると説明したことになる。また、販売代理人である被控訴人デ・リードの社員七種は、控訴人の質問に対し、隣接ビルは五階建であって六階にある本件居室の西側窓からは視界が通っていると発言しているのである。

3  ところが、現実に建築された結果では、本件居室の南側バルコニーからはやや斜めに二条城を望むことができるが、西側窓の正面に隣接ビルのクーリングタワーがあるため、窓に接近しないと二条城の緑がほとんど見えない状態であったのである。この状態は、右2に説明の「二条城の眺望・景観が広がる」状態とは明らかに異なるものである。

4  控訴人は本件居室を購入するに当たり、被控訴人デ・リードの担当者に対して、視界を遮るものがないかどうかについて、何度も質問しており、被控訴人デ・リードにおいても、控訴人が二条城への眺望を重視し、本件居室を購入する動機としていることを認識し得たのであるから、被控訴人デ・リードは、未完成建物を販売する者として、本件居室のバルコニー、窓等からの視界についてその視界を遮るものがあるか、ないかについて調査、確認して正確な情報を提供すべき義務があったといわざるを得ない。

5  控訴人としては、当初から隣接ビルの屋上にクーリングタワーが存在し、それが本件居室の洋室4.6畳の西側窓のほぼ正面の位置に見えるとの説明を受けるか、少なくともその可能性について告知説明があれば、その購入をしなかったものと認められる。

もっとも、本件居室は、控訴人の解除後に、同一価格で購入した者があり、そのときには本件マンションは既に完成していたからその購入者は西側窓からの眺望が充分とはいえないことを知って契約したものと推認される。

しかし、マンションの居室の売買においては、眺望は重視される一つの要素であり、それであるからこそ被控訴人らも、パンフレットでそのことを強調したものである。

そのうえ、自ら使用する物の売買契約においては、購入者にとって目的物が購入者の主観的な好み、必要などに応じているかが極めて重要な点である(このことは、衣類売買における衣類の色を考えれば、明らかである。)。本件において、控訴人は、被控訴人らのパンフレット等にも記載されていた二条城の景観を特に好み、重視し、被控訴人デ・リードの担当者七種に対して、その点の質問をしていたのである。

6  そうすると、控訴人は本件売買契約を解除でき、被控訴人壽工業は既に受領した手付金の返還に応じる義務がある。

7  さらに、被控訴人デ・リードは、控訴人を誤信させて、損害を与えたものであるから、民法七〇九条、七一五条により損害を賠償する義務がある。

被控訴人壽工業は、前記のようなパンフレット等を作成したほか、被控訴人デ・リードを販売代理人として委任し、その販売活動の一部として七種が前記のような説明をしたのであるから、被控訴人デ・リードと同様の損害賠償責任があるというべきである。

三1  控訴人は被控訴人壽工業に対して既に四六〇万円の手付金を支払っているところ、控訴人は本件売買契約を有効に解除したから、被控訴人壽工業は、控訴人に対し、右手付金を返還すべきである。被控訴人デ・リードは、損害賠償として同額の支払義務がある。

2  証拠(甲一)によれば、本件売買契約契約書一六条二項には次の約定のあることが認められる。

売主及び買主は、それぞれの相手方が本契約に違反し、相当の期限を定めた履行の催促に応じない場合には次の各号によって、本契約を解除することができるものとします。

(一)  違約金は、売買代金の一〇分の二とし、売主の違反による場合は売主より買主へ、買主の違反による場合は買主より売主へ、これを支払うこと。

(二)  売主の違反による場合は、売主は本契約について受領済の手付金及び中間金を無利息で買主に返還し、かつ前項に定める違約金相当額を買主に支払うこと。

(三)  買主の違反による場合は、売主は本契約について、買主より受領済の手付金及び中間金を違約金に充当することができる。但し、その合計額が売買代金の一〇分の二に満たない場合は、買主はその差額相当額を売主に支払うこと。控訴人は右条項を理由に九一二万円の約定違約金の請求をしている。

しかしながら、右条項は契約に定める債務の履行を売主が怠った場合の定めであるが、被控訴人らが債務の履行を怠ったと解することはできない。

本件居室から二条城の眺望が広がると説明したことは虚偽の事実を説明したものであるが、この説明が本件居室を二条城の眺望が広がるような高い位置に作る債務を負担したものとは考えられない。

他に、控訴人がこのような損害金の請求をできると解すべき理由はない。

3  証拠(控訴人、甲九、一〇)によれば、控訴人は、本件売買代金を調達するために、平成七年六月二七日、勤務先から一〇〇〇万円の借入をしたが、本件売買契約を解約したので、同年七月三一日にこれを返済し、この間の借入金利息二万八七六七円をも支払ったことが認められる。この利息は売買契約をしなければ、支払う必要のなかったものであるから、控訴人は被控訴人らに対してこの損害の賠償請求をできる。

4  証拠(甲六の1、2、七、控訴人)によれば、控訴人は、昭和六〇年ころより、京都市東山区泉湧寺で和室六畳とダイニングキッチンの部屋を家賃を一か月四万五〇〇〇円で借りて居住していたが、本件居室に入居できる契約上の予定日が、平成七年八月一日であったので、右の賃貸借を同年七月末日限り解約する合意をしたこと、しかし、本件居室の本件売買契約を解除したので、同市下京区のマンションの一室(78.38平方メートル、居室二とリビング・ダイニングキッチン)を家賃一か月一六万八〇〇〇円、共益費二万〇二五〇円、敷金六五万円、礼金四九万円で賃借し、仲介手数料一五万五七三六円を支払い、同年八月以降ここに居住していることが認められる。

右支払のうち仲介手数料は、本件売買契約が結ばなければ、支出を要しなかったのであるから、この損害額は被控訴人らに損害賠償を求めることができる。

控訴人が下京区のマンションを賃借したのは本件売買契約を締結したため、従前の賃貸借を解約してしまったことにあろうが、新たに控訴人が自ら選んで賃借した部屋は従前よりはるかに広いものであって、その賃借による利益を受けているのであるから、従前賃料と現在の家賃との差額や敷金、権利金につき、控訴人が損害を受けているとすることはできない。

5  被控訴人らの違法な行為のために、控訴人は本件紛争解決のために弁護士に依頼せざるを得なかったところ、本件事件の難易、審理の経過等に鑑みると被控訴人らの違法行為との因果関係のある弁護士費用は五〇万円と認めるのが相当である。

6  前記認定の事実によると、被控訴人らの行為による、控訴人の精神的被害につき、三〇万円の慰籍料を認めるのが相当である。

7  遅延損害金発生の始期は売買契約解除の日と解するのが相当である。

四  以上の次第で、控訴人の請求は主文認容の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、これと結論を異にする原判決を変更することとする。

(裁判長裁判官 井関正裕 裁判官 矢田廣高 裁判官 將積良子は、てん補のため署名、押印できない。裁判長裁判官 井関正裕)

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